斑鳩の空



第三話 ループ越しに眺めた世界


「うわ、すげえな、このフェンス。おまえがやったの?」
「だから、私じゃなくて、がしゃどくろ! この前、ここで戦ったの」
 朝の学校の屋上に、遥と裕哉の姿があった。他の生徒たちが登校してくるにはまだ早い時間帯だ。
「屋上のフェンスが壊れてるっていうの、実は俺も疑われたんだけど、金属バット振り回したところでこれはムリだろー。いやー、遥の馬鹿力には負けるなー」
「だから! 私じゃないって言ってるでしょ!」
 遥と使い魔のユラが巨大な骸骨の妖怪であるがしゃどくろと戦った際に歪んで壊れてしまったらしい屋上のフェンスは、まだ修理されずにそのままになっている。危険だからとひとまず屋上は立ち入り禁止になったのだが、そんなこととは関係なくちゃっかり鍵を手に入れてくるのが裕哉である。
「どうしよう。やっぱりこれ、弁償ってことになるのかな。私にも責任がないわけじゃないし……」
「弁償って、なんて説明すんだよ。べつに知らん顔でいいだろ。こういうことを想定して、鏡見の家があちこちに寄付金だ何だって金ばらまいてんだからな。いちいち気にしてたら妖怪となんかやり合えねえだろ」
 言いながら、裕哉はスタスタと屋上の隅に向かい、ポケットから取り出した呪符をフェンスの角に貼り付けた。裕哉が手を離すと、呪符はそのまま空気にとけるように見えなくなる。屋上の四隅を同じようにして封じてしまうと、「で、あとは?」と遥を振り返った。
「ええと……これで校舎は済んだから、あとは体育館と道場のあたりと、裏門と……」
「げえ、マジで学校全部の結界の張り直しすんのかよ。めんどくせえな……」
「面倒くさいとか言わないの! このところ、がしゃどくろとか精螻蛄とか、妙に手強いのが立て続けに現れたし、何かよくない気が校内に入り込んでたりしたら大変でしょ」
「札を書いて貼るくらいだったらべつにおまえでもできるじゃねえか」
「できるけど、裕哉がやると効力が違うんだもの。呪符と守りの術といえばやっぱり御影家でしょ」
「おい、その程度のお世辞で俺を乗せられると思ったら大間違いだぜ。礼は形で示してもらわねえとな。早朝手当込みで、『かなや』のあんみつで手を打ってやる」
「阿呆、これはおまえの仕事だろうが。くだらんこと言ってねえでさっさと働け」
 と言ったのは遥ではなく、ふたりの傍らにいた黒猫である。ちなみに、『かなや』というのは学校の近くにある老舗の和菓子屋だ。
「おいユラ、てめえあんまり俺のことを阿呆呼ばわりしてっとそのデコに魔封じの札貼って円形脱毛症にしてやるぞ」
「やれるもんならやってみろ、クソガキ」
「はいはい、仲がいいのは結構だけど、後にして。みんなが登校してきちゃう」
 遥が呆れ顔で割って入る。
「眠い」「めんどくせえ」とぼやく裕哉を半分引っ張り回すようにして、なんとか始業前には学校中の守りの点検を終えることができた。
「そういえばさ、あの美人の転入生と司って付き合ってんの?」
 裏門から校舎のほうに戻りながら、ふと思い出したように裕哉が遥に尋ねた。
「俺、この間、あの二人が一緒に帰ってるとこ見たんだよね。あれってやっぱりそういうことなわけ?」
「さあ、知らない」
 途端に遥の口調が素っ気なくなる。
「知らないってことはないだろ。同じクラスなんだし」
「知らないものは知らないの。私の役目はただの護衛であって、司が何してようと誰と付き合おうと、べつに関係ないし興味もないから」
 その必要以上に頑なな態度に、裕哉は一瞬、物言いたげな視線を遥に向けたが、それ以上は問い詰めずに、わざとのように軽い口調でぼやいた。
「あーあ、うらやましいよなぁ。俺の生活なんて潤いのカケラもねえし。麻夕ちゃんがフリーなんだったらむしろ俺が付き合いたいっつーの」
 そして、いつの間にかちゃっかり不知火の下の名前まで覚えている。
「そんなことより、裕哉は受験生でしょ。勉強とかちゃんとしてるの?」
「してるしてる。おまえ、もうちょっと俺を信用しろよ。さて、教室行って一眠りするか」
「……その発言ですでに信用を失ってる気がするんだけど」
「気のせい、気のせい」
 ひらひらと手を振って三年生の階に消えていく裕哉を、遥は呆れながら見送った。


 裕哉と別れて教室に行くと、珍しく司が声をかけてきた。
「遥、おまえさっき、校舎裏のあたりで裕哉と一緒にいなかったか? ひょっとして、また何かあったのか」
 遥は一度足を止めかけたが、そのまま司の横を通り過ぎながら素っ気なく答えた。
「司には関係ないでしょ。誰と一緒にいようが、私の勝手なんだし」
 さっさと自分の机に歩み寄り、鞄を置く。
「……おい、おまえさ、何か勘違いしてるだろ。俺はべつに」
「勘違いって何が? ふうん、そう。司には何か勘違いされるような心当たりがあるんだ」
「だから、どうしてそうなんるんだよ。おまえこそ最近態度がおかしいだろうが」
「さあね。知らない。ほら、不知火さんが来たんじゃないの?」
 ちらりと目を向けた先には、ちょうど教室に入ってきた不知火の姿があった。おはよう、と明るい声でクラスメイトに声をかけている。
 遥がそれきり口をつぐんで鞄から教科書を出し始めると、司もそれ以上話すことは諦めたように小さく息をついて行ってしまった。途端に、自己嫌悪の波が押し寄せてくる。
 あんな言い方をする必要などなかったことは、遥にだってわかっている。司と話すとつい喧嘩腰になってしまうのは前からで、今に始まったことではない。しかし、最近はそれにも増して、必要以上に言葉が刺々しくなってしまうのだ。今だって、裕哉と学校の守りを固めていのだと言えばいいだけのことだったのに、とっさに嫌味のような言葉しか出てこなかった。
(さっき裕哉が不知火さんのことなんか言い出すから……)
 小さくため息とついたとき、窓際のほうで急に女の子たちが騒ぎ出した。
「ねえやだ、ちょっと、このカーテン切れてない?」
「うわ、ほんとだ、ひどーい」
 振り返ると、数人の女子生徒が教室の後ろ側のカーテンを広げていた。確かに、布地の数カ所がざっくりと裂けている。切れ目はどれも一直線ではないが、逆に、まとめて寄せてあるところを鋭利な刃物ですっぱりと切れば、たぶんあんなふうになるだろう。
 そして、カーテンが切られていたのは、どうやら遥たちのクラスだけではないらしかった。
「どうもね、音楽室と、あと一年のクラスでも、同じようにばっさりやられてたんだって。特に一年のクラスのはカーテンが一枚、真ん中で完全に切断されてて床に落ちてたって。いたずらにしても、何がしたいのかさっぱりわかんないよねー。カーテンなんか切って何が楽しいんだろ」
 そう言って首をかしげたのは、自分のクラスで起こった事件を知るなりさっそくあちこちから情報を集めてきた美緒だ。
 大半の見方はタチの悪いいたずらで一致していたが、やはり気になった遥は、教室移動のときに忘れ物をしたフリをしてひとりで教室に戻ってきた。
「……どう?」
 尋ねると、窓枠のところに小さな使い魔の姿が現れた。カーテンの切り口に鼻を寄せ、フンフンと匂いを嗅ぐ。
「くせえな」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて」
「だから、うっすら妖怪の匂いが残ってるって言ってんだよ。ただの刃物じゃねえな、これは」
「やっぱり妖怪の仕業か……」
 ひどく嫌な感じがする。この妖怪が校内に入り込んだのは、おそらく今朝遥たちが守りの点検に回るよりも前だったのだろうが、それにしても、やはりここ最近は、何か妙だ。短期間のうちに厄介な妖怪が続けて現れ、今度もまた、鋭利な刃を持った危険そうな妖怪ときている。
(いくらなんでも、ちょっと頻度が高すぎる。この頃、何か変わったことはあった? 妖怪が増えるきっかけになるような……)
 そのとき、ふと浮かんできたのは不知火の顔だった。あのきれいな転入生。そうだ、変わったことと言ったら、彼女がやってきたことくらいしかない。それに、転入してくるなり狙い澄ましたかのように司に近づいたことだって、不自然と言えば不自然ではないのか……。
 そこまで考えてしまってから、遥は慌ててそれを打ち消した。不知火はどう見たって普通の女の子だ。妖怪なんかと関係があるはずがないのに、ただタイミングが一致したというだけで疑おうとするなんて、こじつけもいいところではないか。
 その不知火が遥に話しかけてきたのは、昼休みのことだった。
「ねえ、遥ちゃんのおうちって、着物屋さんなんだって? やっぱり遥ちゃんも自分で着付けとかできるの?」
「え? うん、まあ……」
 遥の家は呉服店を営んでいる。普段から着るほどではないが、着物は遥にとって身近な存在だ。
「わあっ、そうなんだ。すごいね、憧れる! 着付け教室みたいなこととかやってるんだったら、あたしも習ってみたいな。ねえ、そのうち遥ちゃんのおうちに遊びに行ってもいい?」
「いいけど……でも、どうしてうちが着物を扱ってるって知ってるの?」
「あ、それはね、司くんに聞いたの」
 不知火は屈託なく笑う。それから、少し心配そうに遥に顔を寄せ、
「遥ちゃん、ひょっとして司くんと喧嘩でもしてるの? 今朝も何か言い合ってたみたいだったし……。余計なお世話かもしれないけど、私でよかったら相談に乗るよ」
 一瞬、遥の胸の内を苛立ちが走った。何よそれ、自分のほうが司と親しいから仲介ができるって言いたいわけ? 自分が引っかき回してるくせにわざとらしく。いつだってそう。私に人懐こく話しかけてくるときは、必ずどこかで司の名前を出す。本当はわかっててやってるんじゃないの……。
「――ねえ、あのカーテン、誰がやったんだろうね」
 ほとんど無意識のうちに尖った声が出ていた。不知火は唐突な話題の転換に少し戸惑ったようだったが、ちらりと切れたカーテンを振り返り、
「こわいよね、すごくすっぱり切れてるし。何かよっぽど切れ味のいい刃物でやったんだろうって、さっきみんなが言ってた。誰かが夜中に学校に入り込んでるって考えるのも気持ち悪いけど、犯人が生徒の中にいたらもっと怖いよね」
 怯えたように小さく身をすくませる。特に不自然なところもない、他の女の子たちと似たり寄ったりの反応だ。
 そこまで見て取ってから、遥は自分が不知火の反応を試そうとしていたことに気がついた。妖怪と関係なんかあるはずがないとわかっているのに、心のどこかではまだ疑っていた……いや、違う。ただ単に彼女を悪者に仕立てて、嫌うことを正当化しようとしていただけだ。そのための口実がほしかっただけだ。
(ああ、最悪だ、私……)


          *

 教室に辞書を忘れてきたことに気づいたのは、部活を終えて帰り支度をしていたときだった。明日は当たる日だから、予習をサボるわけにはいかない。
「ごめん、私ちょっと教室に寄ってくから、みんな先に帰っちゃって」
「うん、わかったー」
 じゃあね、と美緒たちに手を振り、鞄を肩にかけて校舎に向かう。
「なんだ、今度は本当に忘れ物か」と呆れたように言ったのは、いつの間にか鞄の上に乗っていたユラだ。
「おまえ、今日、注意力散漫だろ。なんだ、さっきの的中率は。散々だったじゃねえか」
「なによ、見てたの?」
「あんな動かねえ的くらいもっとビシッと当てろ。長月家の弓使いともあろう者がなさけねえ」
「うるさいな。そういう日もあるの」
 校内にほとんど人がいないのをいいことに遠慮なく言い合いながら教室のドアを開ける。その途端、何か影のようなのが遥の目の前をすり抜けた。
「……っ!」
「伏せろ!」
 ユラの声に、とっさに床に転がる。耳元で鋭く風が鳴り、切れた髪が数本、宙を舞った。
「何が……」
 気配が離れたことを確かめ、つぶやきながら慎重に立ち上がる。左の頬にちりちりとした痛みがあるのは、おそらく最初の衝撃で切れたのだろう。
 西日の差し込む教室の前方、天井の角の影に身を潜めるようにして、奇妙なモノが張り付いてた。
 ひと言で言うなら、それは鳥の頭をしたサソリだった。体の大きさに対して、ふたつのハサミが異常に大きい。遥たちをじっと見つめ、威嚇するようにカチカチと小刻みに嘴を鳴らしている。よく見ると、教室のカーテンは朝の比ではないほどズタズタに切り裂かれていた。
「網切(あみきり)か……!」舌打ちしつつユラが唸る。
「網切? 夏に蚊帳を切るっていう、あの?」
「その網切だ。気をつけろよ、連中のハサミの切れ味は抜群だ」
 そう言っている間にも、再び網切が飛びかかってくる。慌てて飛び退くと、ガリッという音がして床に傷が走った。
 網切は見た目からは想像もつかないほど俊敏だった。壁や天井にはね返るようにしながら、ほとんど間髪を置かずに遥とユラに襲いかかってくる。その度に教室中に傷が走り、机や椅子がなぎ倒された。
「ねえ、これ、いっそ鎌鼬だって言われたほうが納得できるんだけど!」
「まったくだ。おいコラ、おまえなんか地味にそのへんの網を切ってりゃいいんだよ。最近蚊帳が少なくなったからって拗ねてんじゃねえ!」
 ユラが悪態をつくが、もちろん網切が聞いている様子はない。
「遥、弓は!」
「あ……持ってない!」
「持ってない!? 馬鹿かッ!」
 遥が部活で使っているのは自前の弓だ。いつもなら登下校時にも持ち歩いているのに、なぜか今日に限って鞄しか持たずに弓道場を出てきてしまったようだ。
「どうなってんだ、今日のおまえの集中力は!」
「ユラだって気づいてなかったじゃない!」
「そういうのを責任転嫁っつうんだよ!」
 確かに、今日の遥は散々だ。特に、昼休みに不知火と話してからは、どうしても同じことばかり考えてしまっていた。
 本当に、不知火と妖怪は何の関係もないのか? 疑う気持ちが浮かんでくる度に打ち消して、自分の卑怯な考え方に嫌気が差して、突き詰めれば、それは司と不知火がいつも一緒にいることが気に入らないだけなのだという自分の本音にまで気づかざるを得なくて、そんなつもりじゃないと無理矢理振り払い、そしてまた……という繰り返しだ。そして、繰り返す度にどんどん自分が嫌になる。
「まあ、どっちみ弦を張ってる余裕もねえか。おい、呪符なら今日は腐るほど持ってんだろ。そっちを使うぞ」
「あ、うん」
 今朝、裕哉から戦闘用の呪符の追加も受け取っていたのだ。遥たちが妖怪退治に使う呪符のほとんどは、御影家が書いてくれている。
「まず呪符で結界を張って教室内に封じ込める。あとは……って、鞄の中かよ!」
「ごめん!」
 ドアの近くに投げ出したままになっていた鞄に駆け寄る。しかし、鞄に手を伸ばそうとしたところで、倒れていた椅子に足が引っかかった。
 あっと思ったときにはもう床に転がっていた。「遥!」と叫ぶユラの声。かろうじて首だけをねじって振り返った目に映った、網切の二本の鋭利なハサミ。
 間に合わない。その瞬間、遥と網切の間に飛び込んできた影が視界を遮った。
 飛び散った血を、遥は呆然として見ていた。
「おい、司!」
「大丈夫だ」
 ユラの声に答えて立ち上がったのは司だった。シャツの左腕がざっくりと裂けていて、見る間にそれが真っ赤に染まる。
「司!」
 ようやく遥も悲鳴のような声を上げた。知っている。見たことがある。これによく似た光景を、昔。
 網切は飛び回るのをやめ、司をじっと見つめてガチガチと嘴を鳴らしていた。全身がぶるぶると震え、司の血の匂いに興奮しているのがわかる。
「俺の血が欲しいか」
 司は弓を手にしていた。それをゆっくりと構える。怪我をしているのが信じられないくらいに、きれいに整った動作。
「欲しければくれてやる。おまえの命と引き替えに」
 現れた霊力の矢は、今までに見たことのない鮮やかな紅の光を纏っていた。
 飛びかかる網切と放たれる矢。
 矢の先端が触れたと見えた瞬間、網切の体が燃え上がった。真紅の炎に包まれ、金切り声を上げてもがきながら、最後には灰となって燃え尽きた。
 同時に、力尽きたように司が膝をつく。
「ったく……何やってんだよ、おまえは……」
「司こそ、どうしてここに……!」
「おまえがひとりで校舎に戻ってったから……弓も置きっぱなしだったし、カーテンのこともあったし、何か嫌な予感がしたんだよ」
「だからって……司が怪我してたら意味ないじゃない!」
「おまえらふたりともみっちり説教してやりてえところだが、それは後回しだ。遥、止血して司を保健室に連れてけ」
「う、うん」
 ユラの言葉に、慌てて遥も立ち上がった。
「かすっただけで済んだからよかったものの、網切にまともに切られたら、おまえの腕なんてばっさり真っ二つだぞ、まったく」
「はは、真っ二つはこわいな」
「笑い事じゃないでしょ! ああもう、この怪我、なんて言い訳したらいいんだろう……」
「保健室はいいよ。どうせもう帰るだけだし、そんなに深い傷じゃなさそうだし」
「でも、シャツだってそんな血だらけで」
「ジャージがあるから。それより遥、悪いけどこのぐっちゃぐちゃの机と椅子……」
「いい。大丈夫。私がやるから、司はおとなしくしてて!」
 司は少し考え込むように黙り込んだ後、無事なほうの右手をぽんと遥の頭に置いた。
「俺が勝手にやったことだ。おまえのせいじゃない。気にするな」
「…………」
 遥はうなずけなかった。それで済ませられるわけがない。気持ちの問題だけでなく、気にしなければならないのが、遥の立場なのだ。


 遥たちが慌てて教室を片付けている頃、人気のない夕闇の校庭を不知火が歩いていた。
「なるほどね、やっぱりそうくるんだ。遥ちゃんがピンチになれば、司くんは出てこずにはいられないのね」
 楽しそうにつぶやく。その傍らを、不格好な小鬼が一匹、ついて歩いていた。
「あの網切は、不知火様が差し向けられたのでございますか?」
「違うわよ。司くんの匂いにつられて勝手に来たの。もっとも、自力では学校に入り込めないようだったから、仕事がしやすいようにちょっと舞台を整えてあげたけど」
 不知火は小鬼を見下ろし、うっすらと笑った。「窺鬼」と名前を呼ぶ。
「私が人間じゃないって、よく気がついたわね。今のところ、気づいたのはおまえだけよ。遥ちゃんも司くんもあの使い魔も、てんで鈍いんだから」
「鼻が効くことだけが取り柄でございまして……」
「おまえ、司くんのおうちにも出入りしているんでしょう? なんとかいう新聞とやらを持って」
「妖怪新聞でございます」
「そう、それ」
 さして興味もなさそうに不知火はうなずく。
「じゃあ、遥ちゃんの家のほうはどうなの? そちらもなんとか新聞を届けているわけ?」
「……いえ、長月家には直接の出入りはございません」
「でも、知っていることはある、と」
 いかにも含みを持たせた窺鬼の言葉をさっさと先回りし、不知火は楽しげに微笑む。
「いいわ。おまえ、私のために働きなさい。役に立てば悪いようにはしない」
「仰せの通りに……」
 恭しく頭を下げた窺鬼は、校門の影にとけ込むように姿を消した。不知火はそれを見やると、口元に笑みを浮かべたまま、遥たちがまだ中にいるはずの校舎をちらりと振り返った。





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