ウィツマールの姉弟



第七話 機械仕掛けの少年


 フィラード奪還のために自警団と観測員たちが慌ただしく動き出した一方、住人たちの避難も手際よく進められていた。誰もが不安そうな表情を浮かべてはいるが、ダールの指示が迅速で明確だったおかげで、特に大きな混乱も起こっていない。
 連れていたはずのマールの姿が消えていることにノッコが気づいたのは、避難する人々の列を先導して街の外に出てからだった。つないでいたはずの手がいつの間にか空いている。きょろきょろとあたりを見回すが、近くにそれらしき姿は見当たらない。
「ちょっと、ノッコってば何してるの?」
 同じく誘導を終えてやってきたアリスが呆れた声をかけた。ホワイトキャンベルの呑気な座長は、こんなときだというのに、いつもの黒い帽子に手を突っ込んでごそごそと中をあさっていたのである。
「んー……ひょっとして、知らない間に少年をこの中に詰め込んじゃったのかなぁと思って」
「もう、またわけのわかんないこと言って。それよりちょっと来て。所長さんが呼んでるわっ」
「はいはーい」
 すぽっと帽子をかぶり、アリスについて歩き出す。それからノッコは、月明かりに照らされる“望遠鏡の街”をちらりと振り返った。
「さて、果たして街に光は戻るのか。まあどっちでもいいけど、関わると決めたからにはしっかりやりたまえよ、イリス」
「しっかりするのはそっちでしょっ!」
 ひとりごとを耳ざとく聞きつけたアリスが振り返り、容赦のない跳び蹴りを食らわせた。


 観測所では、ロダと数人の職員たちがランプの明かりを頼りに作業を進めていた。
 そこにメリッサが加わっても、誰も今までのような嫌味を口にしようとはしなかった。淡々と手順を説明し、必要な工具を渡してくれる。事務的な口調なのは、どう接したらいいのかまだ戸惑っているせいだろう。散々邪険にしてきた少女と機械人形の少年が抱えている事情を知ったのは、つい今し方のことなのだ。
 しばらくして、横で作業をしていたロダがぼそりと口を開いた。
「……おまえ、ドルヴァリアの生まれだろう」
 一瞬、メリッサは耳を疑った。配線を確認していたライトを思わず取り落としそうになる。メリッサの身元のことまでは、イリスは触れていなかったはずだ。
 他の職員たちには聞こえない程度の声で、ロダは続ける。
「言葉に少しなまりがある。昔、あの国の連中と仕事をしたことがあってな。その癖には聞き覚えがある」
「だからって……」
 使われている言語そのものはドルヴァリアもラーズファートも同じだが、はやり土地によって多少の違いはある。しかし、メリッサは一流の家庭教師のもとで完璧な発音を身につけていたし、この国に来てからも言葉について指摘されたことは一度もなかったのだ。それを聞き分けていたとは、一体どんな耳と記憶力の持ち主なのだ、この男は。
「あの国の技術者どもは、口を開けば新技術、利益、兵器、こればかりだ。あのトレスターって男じゃねえが、何でも貪欲に喰らい尽くすことばかり考えてやがった。だからおまえもそのクチかと思った。勝手に決めつけて疑って悪かったな」
「…………」
 とっさに返す言葉が出てこない。確かにロダは特に当たりがきついとは思っていたが、単純に性格が悪いのだとばかり思っていたのだ。まさかそんなことまで考えた上で取っていた態度だったとは。
 メリッサはしばらく口をぱくぱくさせてから、ようやく言った。
「あ……あのねぇ、わたしに言わせてもらえばあなたたちのほうがよっぽどラーズファートなまりよ。失礼な言い方しないでちょうだい、この田舎者!」
 つい憎まれ口で返してしまうのは、もはやメリッサの第二の本能である。
「田舎とは何だ。望遠鏡ってのはどこにでも建てられるものじゃねえんだよ。環境が重要なんだ」
「ふん、負け惜しみね。だいたい、先に人の国のことをけなしたのはそっちじゃない」
「ああ? 本当のことじゃねえか。そもそもおまえが最初からちゃんと事情を説明してれば妙な誤解も生まれなかったんだよ!」
「話すに話せない空気を作っておいてよく言うわよ! こっちだってなんとか街にとけ込もうとずっと努力してたっていうのに!」
「あれのどこが努力だ、ええ? 言っておくが新入りで最年少のくせにおまえほど態度がでかい奴なんてのはそうそういるもんじゃねえぞ!」
 もはやいつもの口喧嘩である。さすがに気づいた同僚たちがなんとかなだめようとするが、割って入る隙がない。しかもこれだけ言い合いながらふたりともきっちり手は動かしているのだからたいしたものである。
 果てなき罵詈雑言の応酬を遮ったのは、「あら、楽しそう」という、からかうような軽やかな声だった。
「こちらの準備は整いました。いつでも始められます」
 現れたのは、観測所に横付けしたアルバータでモッチーと作業を進めていたイリスだ。電源ケーブルを渡され、ロダが少々決まり悪そうにしながら礼を言って受け取る。
 最後の確認を終え、ケーブルをつなぐ。これで灯台となった望遠鏡に明かりが灯るはずだ。
 イリスが無線でアルバータに合図し、送電が開始される。
 しかし。
「どういうこと? 光が灯らないわ……!」
 巨大な望遠鏡は暗く沈黙したまま、何の反応も示さない。どこかに手違いがあったのかと慌てて全員でチェックを始めるが、計器をのぞき込んだロダが唸った。
「これは改造のミスじゃねえな。電圧が足りねえんだ」
 横から目盛りをのぞき込んだイリスが小さくうなずき、すぐにモッチーに連絡を取る。しかし、整備士の少年から返ってきたのは、これが最大出力だという答えだった。
「そこをなんとかできない?」
『無理だよ。アルヴァーニの発電機ももうつないじゃってるし、これが限界だ。無理に電圧を上げればエンジンが焼き切れて望遠鏡ごと吹っ飛ぶ可能性のほうが高い』
 無線機の向こうから聞こえてくるモッチーの声も必死だ。現状ですでにかなりの無理をしてくれているのだろう。
 イリスは通信を切ると、ぎゅっと無線機を握りしめ、「あと少しなのに……!」と悔しげにつぶやいた。あの穏やかな少女がこんな表情も持っていたのかと驚きながら、メリッサが彼女の華奢な肩を軽く叩く。
「イリスたちのせいじゃないわ。無理を言ってるのはこっちなんだもの。でも、どうしよう? 何か方法を考えないと……このままじゃ、フィラードを取り戻しても自警団のみんなが戻ってこられない」
「ライトの出力を抑えるか? だが、そうすると今度は上空まで光が届かねえぞ」
 腕を組んでロダが考え込む。
 そのとき、その場の誰のものでもない声が彼らの耳を打った。
「これ、つかって」
「マール!?」
 振り返ったメリッサが慌てて駆け寄る。いつの間にかそこに立っていたのは、少し眠たげな顔をしたマールだった。その手には、淡い輝きを放つ紫色の石が載せられている。
「エネルギーが、いるんでしょう? これをつかって」
 喋り方もいつもよりゆっくりで、舌足らずだ。動力源である鉱石を外してしまったせいだろう。
「でも、あんたのその石は……!」
「トレスターのおじさんにおしえたの、ぼくだから」
 マールはかなしそうに目を伏せ、それから懸命な眼差しでメリッサを見上げた。
「ノッコさんたちが、言ってたの。フィラードがないと、望遠鏡もうごかなくなるって。ぼく、望遠鏡すきだよ。うごかなくなるの、いやだよ」
「マール……」
 メリッサはしばらく小さな弟の顔と差し出された手を見つめていたが、やがて思い切ったように唇を噛むと、鉱石を受け取った。手のひらにおさまってしまう小さな石。マールの命の源。
「わかったわ、マール。ありがとう。少し貸してもらうわね」
 その言葉にマールは安心したように微笑むと、糸が切れたようにぐらりと倒れかかった。その身体をイリスが抱き留める。
 動力の切れたマールは、本当に、よくできた人形そのものだった。呼吸もない。体温もない。ただそこにあるだけの抜け殻。
「ロダ!」
 振り返ったメリッサの手から、ロダが黙ってうなずきながら鉱石を受け取る。ロダの指示で、すぐに新たな鉱石を灯台に組み込む作業が始まった。


 明かりは灯った。
 まばゆい光の道が、闇を貫いてまっすぐに空へと駆け上がる。
 数時間後、激しい空中戦の末にフィラードを取り戻したモッカーたちがその光に導かれて街へと戻り、すぐにフィラードの再起動が行われた。
 フィラードに損傷はなく、システムの回復にも支障はないだろうということだった。
 街は元に戻った。けれど、ただひとつ、元に戻らなかったものがあった。
 望遠鏡から外した鉱石を戻しても、マールは動かなかった。完全に力を使い果たしたわけではない。
美しい紫水晶のようだった結晶はずいぶん色あせてしまっていたが、それでもまだかすかな光が残っていた。けれど、マールは動かなかったのだ。眠ったように瞼を閉じたまま、その目がもう一度開くことはなかった。





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