ウィツマールの姉弟



エピローグ


 飛空船アルバータはたくさんの人々に見送られながら“望遠鏡の街”に別れを告げ、次の公演場所へと向かっていた。
「さあ、いよいよ大地を離れて、次は空島フィールタクトだ。空島でホワイトキャンベルが大ブレイクして大スターになっちゃったらどうしよう。いやぁ、困っちゃうなぁ」
 舵を取りながら脳天気なことを言っているのはノッコだ。途端に近くにいたアリスから「なに甘い夢見てるのよ」と呆れ混じりに突っ込まれる。
 船底の格納庫では、モッチーが劇場アルヴァーニの整備をしていた。イリスの演技とアルヴァーニの流れるような連携は、この少年の緻密で入念な手入れのたまものなのである。
 ふう、と息をついたモッチーが手の甲で額の汗を拭ったとき、頭上から声が降ってきた。
「いたいた、モッチー」
 階段を駆け下りてくる軽やかな足音。アルヴァーニの後ろを回ってひょこりと顔をのぞかせたのはイリスだった。
「わたしね、次のフィールタクトでは新しい演目をやろうと思うの。今度のは、『魔王とエルドラの騎士』みたいな悲劇じゃないのよ」
 そう言って金髪の少女が差し出したのは、真新しい手作りの台本だ。
「ええっ、これから?」
 台本を受け取りながらも、思わずモッチーは聞き返した。フィールタクトまでそれほど日数はかからない。演目を入れ替えるなら、それまでに新しい台本用の美術の作業も終えてしまわなければならないのだ。
「大丈夫よ、わたしも手伝うもの。まかせてちょうだい」
「だめだめ、イリスは本番の舞台に立たなきゃいけないんだから。寝不足でクマができてちゃ恰好がつかないよ」
「平気、平気。お化粧でごまかせるわ」
「それでもダメ。灯台を作ってたときだって、指に怪我してただろ? うまく隠してたつもりだろうけど、僕はちゃんと気づいてたからね。間違ってもイリスに金槌とか持たせられないよ」
「もう、そんなに不器用じゃないってば。あれだってほんとに小さな切り傷だったんだし。モッチーの心配性」
「イリスが無鉄砲だから、僕はこのくらいでちょうどいいんだよ。“望遠鏡の街”に着いたときだって、『じゃあ、先に行ってるね』なんて言って、ひとりでさっさとパラソルで降りてっちゃうし。公演まで時間がないのはイリスも同じなんだから、上で台詞の練習に専念してて」
 ちぇっ、とイリスは小さく唇をとがらせる。年相応の、気の置けない仲間の前だからこそ見せる表情だ。それからいかにも渋々といった体でうなずく。
「わかったわ。本番で恥をかかないように、ノッコとアリスにみっちり演技指導を受けてきます」
「そうしててよ。ほら、そろそろアリスがお茶を淹れてくれる時間だし」
「うん。それじゃ、お茶の準備が出来たら呼ぶわね。モッチーも休憩しましょう」
 いつものようにふわりと笑ってイリスは戻って行く。その後ろ姿を見送ってから、モッチーは改めてアルヴァーニを見上げて気を引きしめた。これからしばらくは、徹夜の日々になりそうだ。


 モッチーがめくりはじめた台本の表紙には、イリスの整った筆跡で「ウィツマールの姉弟」と書かれていた。
 それは、姉弟というには少し不釣り合いで、奇妙な取り合わせのふたり。
 街の住人とは仲良くなれず、毎日喧嘩ばかり。
 けれど、そんなある日、空から白い天使が舞い降りる――……。



END

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