ウィツマールの姉弟



魔王とエルドラの騎士


 昔、イルヴィーナ公国にひとりの姫君がいました。
 心優しい姫は民に愛され、それはそれは美しく成長しましたが、姫の十六歳の誕生日が訪れると、国中が深い悲しみに暮れました。なぜなら、この国では王女が十六歳になると魔王が連れ去りにやってくるのです。
 現れた魔王は、姫をさらっていきました。誰も手出しはできません。魔王の力は強大で、とても人間の敵う相手ではないのです。
「姫を差し出さなければ、魔王はこの国を滅ぼしてしまうだろう。あの方は、みずからを犠牲にして我々を守ってくださったのだ」
 人々はそう言って、姫を失った自分たちの心をなぐさめ、姫のために祈りました。
 けれど、国中でただひとり、涙も流さず、祈りも捧げなかった者がいました。
 それはエルドラの騎士でした。彼は、さらわれた姫を救い出すために立ち上がりました。姫と騎士は恋人同士だったのです。


 しかし、ただの人間であるエルドラの騎士では、魔王に太刀打ちできません。騎士はまず、森の奥深くに住む古の魔女のもとを訪れました。
「よかろう。おまえに力をさずけてやろう」
 魔女は騎士に一振りの剣を与えました。
 対価には何が必要かと尋ねた騎士に、魔女は笑って答えました。
「それは呪われた剣。力の代償は、その剣をふるうごとに、おまえ自身が支払うことになるだろう」
 それでもその力を使いたければ使うがよい。おそろしい魔女の言葉にも、騎士は迷いませんでした。


 魔王との戦いは熾烈を極めました。エルドラの騎士を突き動かしたのは、姫を助けたいという、その願いだけでした。ついに魔王は倒れました。しかし、そこには騎士の姿もなかったのです。
 呪われた力に心と身体を喰らい尽くされた騎士は、醜い化け物に成り果てていました。


 人々は化け物になった騎士を恐れ、罵り、石を投げました。魔王が消えた今、その騎士こそが「最もおそろしいもの」になってしまったのです。助けられた姫までもが、そのおぞましい姿に怯え、背を向けました。
「よいのだ。姫さえ無事であるのなら、私はそれでよいのだ。ああ、けれど、この胸を満たす悲しみを、一体どうしたらいいのだろうか」
 苦しみ、絶望した騎士は、やがて国から姿を消しました。


 平和な時が流れ、またひとりの王女が十六歳の誕生日を迎えました。
 人々の悲しみの中、ふたたび魔王が現れ、王女を連れ去ります。ただただ愛しい姫にもう一度会いたいと願う魔王が、あのときの姫の面影を探して、十六歳になった王女をさらうのです。
 そしてまた、ひとりのエルドラの騎士が立ち上がります。



END

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